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歳をとるのは怖くない

神奈川県の古民家レストラン
猪之鼻庭オーナー笹川りえさんインタビュー

そう聞かれたとき、私はいつも「怖くないですよ」と答えます。
実際に、怖いと思ったことはありません。

むしろ、年齢を重ねるごとに自由になっていくような感覚があります。
もちろん、20 代の頃は未来が見えなくて不安だったし、
30 代はがむしゃらにやってきたけれど、「これでいいのかな?」と
迷うこともありました。
でも、40 代に入って、はっきりと分かったことがあります。

「今の自分が一番楽しい。「これからの自分が一番楽しみ。」
そんなふうに思えるようになったのは、45 歳を過ぎてからでした。

私は、人生を”やり直す”のではなく、”アップデートする”という感覚で
生きているのだと思います。

何かをゼロに戻すのではなく、今までの経験を積み重ねながら、
新しい自分にアップデートしていく。

今回は、私のそんな「アップデートの記録」をお話しさせてください。

「やりたいからやるんじゃない。
“無理だ” って言われたら、やってやるって思う」

これは、私の人生の大きなテーマかもしれません。
私は兵庫県の田舎で育ちました。

昔ながらの価値観が根強く、
「女の子が大学に行くなんて」
「結婚してお嫁に行くのが一番幸せ」
という言葉が当たり前のように飛び交っているような環境でした。

「そんなに勉強してどうするの?」

「女の子は、いい人を見つけて結婚するのが幸せよ」

そう言われるたびに、心の中で「じゃあ、やってやる」と思っていました。
だからこそ、大学に進学し、一人暮らしを始めました。

でも、そこで次に言われたのは、
「方言がきついと関東の人には嫌われるよ」

……だったら、標準語を完璧にしよう。
そう思って、私はアナウンス学校に通いました。

そこから司会業を始めるようになり、気がつけばプロとして
活動するようになりました。
いつも、「向いてない」「無理だ」と言われることを、
意地で乗り越えてきた人生でした。

でも、それが本当に私のやりたいことだったのか?
この問いには、ずっと明確な答えを出せずにいました。

結婚も、子育ても、「やるのが当たり前」だと思っていました。
20 代の終わり頃、私は自然な流れで結婚し、やがて子どもを授かりました。

「家庭を持つことが幸せ」

「母親になれば、きっと満たされる」

そう思っていたけれど……心の奥では、ずっと違和感がありました。
私は、「結婚生活」や「母親」という役割に、うまく馴染めなかったのです。
もちろん、夫は協力的でしたし、周囲から見れば「ちゃんとやっている」ように
見えたかもしれません。

でも、自分の中ではずっとモヤモヤしていました。

「母親」という役割が、しっくりこない。

出産後、司会業の仕事をセーブすることになりました。
土日は仕事がある。でも、平日は子どものお世話。

仕事をしたい気持ちはあるのに、自由に動けない。
夫はできる限り協力してくれたけれど、それでも
「私がいないと家が回らない」と感じる。

ことが増えていきました。

「これが私の役割なんだろうか?」

「私、子育てに向いてないのかも……?」

そんなことを考え始めると、どんどん気持ちが沈んでいきました。
周りのママ友たちは、子育ての楽しさを語るけれど、
私はそこに「共感できない」自分がいることに罪悪感を感じていました。

でも、あるとき気づいたんです。

「私は、”社会とつながっている感覚” がないと、しんどくなるタイプなんだ」
家に閉じこもって、子どもとだけ向き合う生活が、私には合わなかった。

それが分かった瞬間、少しだけ気持ちが楽になりました。

「私は、母親である前に、一人の人間として、
ちゃんと社会と関わっていたいんだ」

そう思えるようになってから、また少しずつ仕事を増やし始めました。

そんなとき、出会ったのが「猪之鼻庭」でした。

最初は、司会業の延長で、「結婚式のお手伝いができる場所」を探していました。
「飲食業をやるつもりなんて、まったくなかったんです」

でも、猪之鼻庭のオーナーが変わることになり、
「このままだと、もう店がなくなるかもしれない」
という話が持ち上がりました。

そのとき、ふと思ったんです。

「私がやるしかない」

もちろん、飲食業の経験なんてゼロ。
周りからは「素人がやってもうまくいくはずがない」
と言われました。

でも……その言葉を聞いてしまうと、

逆に「じゃあ、やってみようじゃないか」
と思ってしまうのが、私の性格なんですよね(笑)。

無理だと言われることほど、やってみたくなる。

これまでもそうやって生きてきたし、ここで怯んでいたら、
私らしくない。こうして私は、飲食業という未知の世界に
飛び込むことになりました。

猪之鼻庭を引き継いだとき、私は決めていました。

「ただのレストランにはしない」

飲食業は未経験。でも、私には「おもてなし」へのこだわりがありました。
それは、司会業をやっていた頃からずっと大切にしてきたものです。

「食事を提供するだけじゃなくて、その人にとって“特別な時間”を
作れる場所にしたい」

例えば、こんなことがありました。

あるご家族が、猪之鼻庭で食事をすることになりました。
予約の電話がかかってきたとき、
私は「何か特別なご事情があるのかな?」と感じました。

お話を伺うと、「家族全員で集まるのが、これで最後になるかもしれない」
とのことでした。
「だったら、最高の時間を過ごしてもらいたい」そう思った私は
家族の思い出のエピソードを聞き、特別な演出を用意しました。

「ただの食事ではなく、思い出として残るように」料理の内容、
座席の配置、さりげないおもてなしの言葉。
細かいところまで工夫をして、お迎えしました。

結果、家族のみなさんは「こんな時間が過ごせるなんて思っていなかった」
と涙を流して喜んでくださいました。

そのとき、私は改めて確信しました。

「私は、レストランを経営しているんじゃない。”思い出を作る場所” を提供しているんだ」

それからは、お客様一人ひとりの「大切な時間」を作ることを、
より意識するようになりました。

こうして振り返ってみると、私はいつも”誰かに言われた正解”に
反発して生きていたのかもしれません。

・女の子だから、こうすべき

・結婚したら、こうあるべき

・母親になったら、こうするもの

でも、それが自分に合っているかどうかなんて、誰にもわからないんですよね。
私は、「こうすべき」に囚われるより、

「こうしたい」を大事にして生きていきたいと思っています。

人生は、何歳からでもアップデートできる。
「もう遅い」なんてことは、絶対にないんです。

これからの私が、どんなふうにアップデートしていくのかはまだわかりません。
でも、それを考えるのが、今はとても楽しいんです。

猪之鼻庭公式アカウント(Instagram)

inohanatei2023

「歳をとるのは怖くない」と語るりえさん。
でも、それは「何も変わらなくてもいい」という意味ではなく、

「変わることを楽しめるようになった」ということなんじゃないかと感じました。
過去の選択を「間違いだった」と思うのではなく、

「すべてが今につながっている」と思えるようになること。
それがきっと、「45 歳からのアップデート」の本質なのかもしれません。

(取材・編集:北島)