
高知県在住
宿毛コンシェルジュ 谷口麻耶さん
高知県の西端、宿毛市(すくも市)。ここで地域の歴史を掘り起こし、観光ガイドやラジオパーソナリティとして活躍する女性がいます。今回お話を伺ったのは、谷口麻耶さん。北海道の旅先で出会った偉人をきっかけに、郷土の魅力を発信する道へと進んだ彼女のストーリーには、地方に眠る宝を見つけ出すヒントが詰まっています。

北海道で出会った衝撃
私は高知県宿毛市に住んでいます。以前は小売業に勤めていて、そこのグループ会社に旅行会社があったんです。昔から「世界を回ってみたい」という夢があって、旅行会社の仕事に惹かれて転職しました。
その旅行会社で、北海道へ研修に行く機会がありました。五稜郭タワーに行った際、「岩村通俊──初代北海道長官・高知県宿毛村出身」というパネルを見たんです。「え、宿毛の人が北海道を開拓?」と驚きました。そこから地元の偉人について興味が湧いて、歴史館に通い始めました。実際に歴史館に足を運んでみると、岩村通俊以外にもたくさんの偉人の存在を知り、自分が生まれ育った場所の新しい一面を発見したような感覚でした。
地元に帰ってからは、自分の目で見て感じたことを人に伝えたいという気持ちが強くなっていきました。北海道の地で偶然出会った一枚のパネルが、自分の生き方を変えるきっかけになるとは、そのときは思いもしませんでした。

偉人だらけの郷土に驚く
調べていくと、宿毛には驚くほど多くの偉人がいることがわかってきました。早稲田大学の精神を築いた小野梓、小松製作所(コマツ)の創業者・竹内明太郎、日本で初の国際裁判を行った大江卓など。宿毛市が公式に「宿毛の偉人」として推奨している人物だけでも21人います。
本当にすごい人物ばかりなのに、地元でもあまり知られていないんです。「どうしてこんなにも歴史があるのに、語られていないのだろう?」と、最初は不思議でなりませんでした。そして、もっと多くの人にこの事実を知ってほしいという気持ちが芽生えていきました。

独立と地域ラジオへの挑戦
最初は地元のボランティアガイド団体に参加してガイドのイロハを学びました。でも、活動のスタイルや考え方にギャップを感じることがあり、「もっと自由に、もっと創造的に地域のことを発信したい」と思い、自ら「宿毛コンシェルジュ」として独立することを決意しました。
その後、育児期間を経て地元のラジオ局から声がかかり、ラジオパーソナリティとしても活動を始めることになりました。ラジオでは、自分でトークをしながら、ミキサーの操作までこなす完全な一人作業です。録音はなく生放送のみで、最初はとても大変でしたが、今では楽しくやっています。毎週数回の放送があり、番組の準備から現地レポートまで自分でこなしています。

地元の風土と魅力
宿毛市は、高知県の中でも自然の恵みが豊富な地域です。山、川、海がすべて近くにあり、どこに行くにも10分ほどでアクセスできるのが特徴です。生活の中に自然が溶け込んでいて、それが日常の豊かさにつながっています。
山の恵みでは、イタズリという野草があります。これは地元ならではの食材で、炒めたり漬物にしたりと、昔から親しまれてきました。最近は食べられる機会が少なくなっているかもしれませんが、私の家ではいまだによく食卓に上がります。
また、海ではチャンバラ貝という小さな巻き貝がとれます。串に刺してくるくると回して中身を出して食べる独特の食べ方があり、子どもたちも楽しみながら食べることができます。宿毛出身の元力士・豊ノ島さんがテレビ番組で紹介したことでも知られています。
川もきれいで、清流が生活用水としても身近な存在です。自然の中に暮らしているという実感が常にあり、それが地域の魅力にもなっています。
加工品はあまり多くない地域なので、その分、採れたてのものをそのまま味わう機会が多いのも特徴です。スーパーに並ぶ食材も鮮度が高く、それが当たり前だと思っていたのですが、他所に出て初めて宿毛の豊かさに気づくこともあります。
そして文化面では、「幡多郡(はたぐん)」と呼ばれているこの地域には、独自の風土と文化があります。 例えば宿毛市は偉人が多いまちですが、四万十川流域には増水時に橋が壊れないように欄干のない「沈下橋」という橋があり、川と共に人々の暮らしがあります。幡多は土佐藩の中でも端に位置する地域だったこともあり、ある意味で中央からは距離のある場所でしたが、だからこそ自立的で独特の気質が育まれてきたのかもしれません。
宿毛の偉人が、明治以降の日本社会で活躍できた背景には、領主の教育熱心さと、聡明な指導者による、諸藩ではなく「日本国」の未来を見据えた宿毛独自の教育があったからではないでしょうか。
都市の真ん中にいると見えないものを、地元に戻ってから気づくようになりました。そうした宿毛・幡多の魅力を、もっと多くの人に伝えたいと強く思っています。

偉人の物語を映像化したい
現在は、竹内明太郎の人生を題材にした物語を執筆しようとしています。彼は小松製作所を創業した実業家であり、宿毛の出身。そして、元首相・吉田茂さんの兄でもあります。
明太郎さんの経歴や実績については資料もいくつか残っていて、調べればその功績を知ることはできます。でも、人柄や気持ち、どんな思いでその道を選んだのか──そういう部分はあまり記録されていません。だからこそ、彼の人生をただの「事実の羅列」ではなく、「物語」として描いてみたいと思ったんです。
物語は書籍として出版することを目指していますが、最終的には映像化も目標にしています。朝ドラのような全国の人に届く形で、宿毛のこと、そして偉人のことを知ってもらいたいという夢があります。宿毛のような小さな町からでも、時代を動かすような人物が生まれていたことを、広く伝えたいです。
そのために今は、図書館に通って資料を読み込んだり、地元の方から話を聞いたり、少しずつ準備を進めています。物語を書くことも初めての挑戦ですが、「誰もやっていないからこそ、私がやる意味がある」と思って取り組んでいます。

スモールステップで夢を叶える
夢は突然叶うものではなく、小さな一歩の積み重ねだと私は思っています。過去には「宿毛の歴史を100日連続でFacebook投稿する」という挑戦もしました。左手で赤ちゃんを抱えながら、右手でスマホを打って投稿していました。
その発信がきっかけとなって、地元の人から「宿毛のことをもっと知りたい」と声をかけてもらうようになりました。そして、ガイドの依頼が来たり、ラジオ出演の話が来たり。すべては小さな一歩から始まりました。

高知県宿毛市で、地域の歴史を発信し続ける谷口麻耶さん。その情熱は、郷土の誇りを未来へつなげる力そのものだと感じました。
あなたのふるさとにも、まだ知られていない宝物が眠っているかもしれません。
取材:きたじまあいこ